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文章/坂本見花
イラスト/重田正子
アストロ写真館についての物語
ウンチク好きの常連さんによる、こぼれ話
月は、はたしていつからそこにあったのでしょうか。
夜空に浮かぶ月のことではありません。
ほら、あの街角の小さな写真館〈アストロ写真館〉の。
扉を開けると、すました顔で私たちを出迎えてくれる、
ハリボテの月のことです。
先代のあるじから聞き出したところによりますと、
あの月はなんでも、とある気弱な青年が、
恋人にプロポーズするために作ったものだそうです。
月にならんで腰をかけ、目と目を見つめ合わせれば、
たとえ高価な指輪がなくたって「イエス」と言ってくれるはず――
青年はそう考えて、
指にたくさんの傷をこしらえながらハリボテの月を作り、
みごとにプロポーズを成功させたのだとか。
(実は先代のあるじこそ、その「青年」なのではないかと私は思っているのです。ご本人はついに認めてはくれませんでしたけれども)
ですからね、
これから〈アストロ写真館〉で写真を撮ろうというかたは、
覚えておかなくちゃいけません。
あの月は、二人掛けです。
三人以上は座れません。
どうしてだか、わかるでしょう?
プロポーズするのには、それで充分だからですよ。
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