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7.あけました、のお話

その男はいつも何かが欲しかったのですが、いったい何が欲しいのか、わかりませんでした。なにか欲しいものはないかと考えながら働き、月の終わりの給金で、これこそはと思うものを買いました。薄い紙につつまれた、新しい何かは、その日いちにちを幸せにしてくれましたが、翌日には色あせて、つまらぬものになりました。 心の底から欲しいものが手に入れば、どんなに良いだろうと、男は夢見ておりました。ですから、そんな毎日を何年も続けました。けれど、手にしても手にしても、それは見つからず、男はついに考えるのをやめました。 街が華やぐ12月、男は何かを買うのをやめました。それで、12月のお給金全てを暖炉にくべました。ぱちぱちと紙が燃え、金貨は黒い煤まみれになり、灰の中に見えなくなりました。 真夜中、眠っていた男は喉にまいこんだ埃のせいで、ごほごほとむせながら目を覚ましました。てさぐりで灯りをつけてふと見ると、赤い箱が枕元に置いてありました。男は、プレゼントだ!と小さな声で叫びました。そしてその箱を抱き上げて、抱きしめて、ふってみて、耳をあててみて、慎重にテーブルの上におきました。 真っ赤な箱にかけれた金のリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中には一回り小さな緑色の箱がありました。 緑色の箱にかけられた赤いリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中にはまた一回り小さな黄色い箱がありました。 黄色にかけられた白いリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中にはまた一回り小さな白い箱がありました。 青色にかけられた黄色のリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中にはまた一回り小さな水色の箱がありました。 水色にかけられた銀色のリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中にはまた一回り小さな藤色の箱がありました。 藤色にかけられた桃色のリボンをほどきます。男は箱をあけました。 中にはまた一回り小さな青い箱がありました。 白色にかけられた灰色のリボンをほどきます。男は箱をあけました。 やがて夜があけました。 暗い空に桃色のリボンのような灯がさして、その向こうに続くのは水色のつめたい冬の日の空です。 箱の中には、やっぱりまた一回り小さな箱が入っておりました。手のひらにのる、その小さな箱を、男はじっと見つめました。よく見ると、その箱には小さな春の花が描かれています。ふ、と息をふけば、ゆれて花びらさえ散るような、それほど見事に繊細な花の絵でした。男は部屋中にちらばったいろとりどりの箱を良くみてみました。どの箱にも花や木、どこかの国の立派なお城、美しい羽をもつ鳥やらが描かれていて、どれもこれも美しいものでした。 男は、ぱっとたちあがり、その沢山の箱のひとつひとつに、家の奥にしまい込まれた、買い集めたものたちをどんどん詰めていきました。そしてリボンをかけました。まだ朝日の登らぬ空の下、雪道に足をとられながら街に出て、街の真ん中の噴水のある広場に箱を山と置きました。 太陽とともに子供や大人が街にあふれます。広場につまれた箱を見て、みな、「プレゼントだ!」と声を上げました。 男の子が真っ赤な箱にかけられた金のリボンをほどきます。そうして箱をあけました。 中には金の機関車が入っておりました。 女の人が藤色の箱にかけらたれた桃色のリボンをほどきます。そうして箱をあけました。 中には海の向こうの華やかな人形が入っておりました。 だれかが箱をあけました。誰もが笑顔になりました。男は嬉しくなりました。なぜだか泣きたくなりました。男は飛んでかえって部屋にのこった他のいろいろをまた箱につめ、そっと広場においてあげました。 また誰かが箱をあけました。誰かが笑顔になりました。男はようやく知りました。 子供というものは、とても良く気が付きます。小さな子がかけてきて、男にありがとう、と言いました。男は隠れたくなりましたが、やせた頬をくしゃくしゃにゆがませて、小さな声で、どういたしまして、と言いました。 男の部屋はすっからかんになりました。しかし、ひとつだけ残っているものがありました。あの春の花が描かれた小さな箱でした。いくつもの夜があけましたが、その箱だけはずっと、あけませんでした。本当に欲しかったものに、男は気付いたからでした。 その街には、お給金の入る25日、たとえクリスマスでなくても、誰かのもとにきれいな箱が届きます。そしてまた、誰かが胸をときめかせ、その箱を、あけるのでした。 作 たみお

Short Story
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